こんにちは、代表の横平です。年代的にもそういったことが発生する年代で
メンバーの家族にもそういった状況に立たされている人間もいます。
仕事上慣れているとはいえ、当事者になった際に、
ほとんどの家族は「どうしたらいいんだろうか?」と悩むに違いありません。
施設への選択肢ももちろん正しい選択肢だと感じます。
そんなに綺麗ごとでは済まないのが在宅です。
ただ、在宅で看るということはどういったことか、、
これを発信できるのが訪問看護であるかと思いますので、
いくつか綴ることとします。
「もっとこうしてあげればよかった」
介護を終えた多くのご家族が口にする言葉です。
病気が進行し、入院や施設への入所を検討する時期になると、子どもとしてたくさんの迷いが生まれます。
仕事、家庭、自分の生活とのバランス。
そして何より、親の望みがどこにあるのか分からなくなること。
『この選択は本当に正しいのだろうか?』
その不安は、夜遅くまで頭から離れません。
介護に“正解”はありません。
けれど、後悔をできるだけ小さくする選択はあります。
その一つが“家で看る”という選択肢です。
●「家に帰りたい」という想い
訪問看護で関わる中で、たくさんの方がこうおっしゃいます。
「入院は仕方なかったけれど、本当は家にいたいんだよね」
病院は治療の場。
生活の場ではありません。
家には、長年過ごした時間、匂い、音。
親の人生が詰まっています。
たとえ病気が完治しなくても、
「自分らしく暮らす」ことは家だからこそできることがあります。
●家で看ることは、家族にとって大変?
もちろん、在宅介護は楽な道ではありません。
食事や排泄、清拭、褥瘡予防、内服管理…
病状によっては医療的なケアが必要になることもあります。
そして何より、精神的な負担。
「ちゃんとできているのか」
「自分が倒れたらどうするのか」
責任が重くのしかかり、時に涙がこぼれます。
だからこそ、家族だけで背負わないことが何より大切です。
●訪問看護は「家族の介護」を支える専門職
訪問看護は、病気を抱えながら家で暮らす方を支える医療サービスです。
医師と連携しながら、必要なケアを自宅で提供します。
例えば…
- 痛みや苦しさのコントロール
- 最期までの呼吸や症状の管理
- 体位調整や褥瘡予防
- 入浴・清潔の支援
- ご家族への介護指導
- 24時間の相談体制(事業所により)
つまり、家族が“家族の役割”に戻れるように支える存在です。
「看護師が来てくれるから、今日も笑顔でいられる」
そんな声をたくさんいただきます。
●家で過ごした日々が、家族の宝物になる
終末期を家で過ごされたご家族が、後からよくこう話されます。
「大変だったけど、あの時間はかけがえのない思い出になった」
「最期にちゃんと手を握れたことが良かった」
医療機関では会えなかった親の表情、
一緒に食卓を囲む時間、
季節の風を感じる瞬間
──家だからこそ生まれる光景があります。
たとえ短い日々であったとしても、
残された家族にとって、その時間は“後悔を和らげる力”になります。
●あなたと親が選ぶ「その人らしい最期」
介護の選択において一番大切なのは、
「親がどう生きたいか」
そして
「あなたがどう関わりたいか」です。
病院が良いという方もいます。
手厚いケアを望む場合は施設が向くこともあります。
でももし、心の片隅に
「家で過ごすこともできるのだろうか…」
そんな想いがあるのなら、
その声を大切にしてほしいのです。
訪問看護は、家族の背中をそっと押す存在でありたい。
不安も、涙も、迷いも、全部一緒に抱えながら
あなたと親の“最適な選択”を支えます。
●後悔のない時間のために
何を選んでも、きっと少しは後悔が残ります。
それが「家族」である証だから。
それでも、
「あの時こうすればよかった…」を少しでも減らすために。
親と過ごせる今を、
ひとつひとつ大切にしていきませんか?
家で看る選択──
それは、最後まで家族として向き合える選択です。
このブログが参考になると幸いです。


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